「生産性」という言葉を聞いて、何を思い浮かべるだろうか。
僕がこの概念を「正しく」理解したのは、2017年の3月、カナダのバンクーバーで大規模なラーメンチェーン “ JINYA 陣家 ” でセクションリーダーとして抜擢され、多国籍のスタッフを率いて新店舗の立ち上げ業務に携わった時だ。
LAを本店とするそのラーメン屋は、日本で言うところのラーメン屋とは似ても似つかず、外見は高級レストランにしか見えない。
バーカウンターの中央にはバーテンダーが立ち、ボックス席には高級感溢れるテーブルと椅子が置かれている。あらゆるカクテルと、クラフトビールまで置いている。
海外初のハイボール専用サーバーを設置した店としてYahoo!ニュースに取り上げられたこともあった。
サーバーは柄のシャツを来て、サービスもかなり細かくアレンジすることができるという徹底ぶり。
” RAMEN BAR “ とうたっているだけあり、豊富な種類のおつまみを楽しみながら、いくつもあるスープを組み合わせた自分好みのラーメンを楽しむことができる。
目次
安易な動機
そもそも僕は、にバンクーバーに移動してきて、どちらかというとゆっくりしようと思っていて、まして責任のあるポジションで働くつもりもなかったし、もっと安易な目的で仕事の応募をしたのだ。
僕はただ、ラーメンが食べたかった。
バンクーバーに移動する前、僕は極寒のトロントで生活していて、カナダまで来てラーメンを食べるのはちょっとなあ、という気持ちもあったし、英語学習に注力するあまり日本人とのコミュニーションは極力避けていたのもあり、日本食に飢えていた。
当時僕は、ガスタウンにある131waterという典型的なアイリッシュパブでバーテンダーをしたり、料理を運んだり、掛け持ちのタイレストランで暇を持て余してタイ人のスタッフに和食のキャベツの千切りを教えたりなんかしていた。
どちらも勤務時間が不安定だったため、メインの柱となる収入源を得るためにカナダ在住の日本人に特化したサイトを見ていると、その募集が目に飛び込んできたのだ。
ラーメン屋の、新店舗開店!
もしかしたら、まかないでタダのラーメンにありつけるかもしれない…
そんな安易すぎる理由で履歴書と共にメールを送り、すぐに面接までこぎつけた。
面接は日本語で行われた。後に僕が尊敬して止まないマネージャーが当日、面接官を担当してくださった。
飲食店でのアルバイト経験もあるし、包丁も使える。仕込みの手順や基本的な料理の素養と、用語を知っていたこともあり、キッチンで働くスタッフとして採用の通知をもらった。
リーダーに抜擢された経緯
そして、依然工事が終了していない実店舗に研修を受けに行って、驚いた。
都心の、巨大なビルの一角に店舗を構えていたのだ。
家賃ひとつとってもものすごい額なはずで、内装もフルリニューアルしたらしい。
この辺りで僕は、すごい規模の新店舗オープンに携わっていることを理解した。
そのまま始まった研修も徹底されていて、キッチンとサーバーに分かれ、基礎知識の学習や、施設案内を行っていく。
驚いたことに、日本人の割合は半分以下だ。
マネージャーの采配でスタッフが各セクションに分配され、セクションごとの研修がスタートする。
- タパス(前菜、サイドメニュー)
- 麺場
- 盛り付け
- スープ
- プレップ(仕込み)
と5つのグループがあったが、僕は先述した通り包丁の扱い方や調理方法についてある程度の知識はあったので、仕込みのセクションに配属となった。
メモを取り、膨大な量の食材の英語名を頭に叩き込み、レシピを暗記した。この工程は実は、トロントのカフェで働いた時に一度同じようなことを経験しているので、そこまで難しくなかった。
当時の直属の上司はそこまで英語に精通していなかったので、日本語で説明を受け、僕が他の外国人スタッフに通訳をするという奇妙な構図となったが、大好きだったその上司は好感を持ってくれていたらしい。
後々知るのだが、実はこの時点で選考は始まっていた。
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開店まで日付が近づいた頃、関係者やメディアを招いて大々的に行うプレオープンがあった。
これは他店舗から猛者が来て実際と同じオペレーションを行うという趣旨だったが、何故か新規で採用されたスタッフから僕を含めた3名が、招待された。
マネージャーから
今後、リーダーに昇格してほしい人員をリストアップして、3名にまで絞った。今回のプレオープンに参加して、実際のオペレーションを見てイメージを掴んでおいてほしい
とのことだった。
なぜ僕が…?
と疑問だったが、飲食経験があるのと、清掃会社でのマネジメント業務経験(生産性の管理)、当時応募があったスタッフの中では比較的英語が流暢だったことが理由だったらしい。
タダのラーメンにありつければと思ったら、なんだか少し話が大きくなってきたぞ。それに他のバイトとの兼ね合いもある。
とは言ってもカナダの職場でセクションのリーダーを任されるなんてまたとない機会だ。僕は、やってみることにした。
仕事の内容
蓋を開けてみると、ただ単に食材の下ごしらえをすればいいというわけではなく、いろいろな食材やソースを組み合わせてかえし(ラーメンの醤油)を作ったり、お客さんに出す直前の段階まで調理が必要なものがあったりで、決して簡単な業務ではなかった。
それに加え、リーダーとして巨大なウォークインの冷蔵庫・冷凍庫の整理、在庫管理、発注業務、新人の教育といった業務もほぼ全て英語で行う必要があり、責任も大きかった。
何せ店舗の規模が大きいので、発注ひとつ取っても数百万単位だ。数字をひとつ間違えれば大きな損失となる。
また、僕のマネジメントが甘くなれば、野菜の切り方ひとつとっても全然変わってしまう。
小さくなれば日の通る時間に差が出るし、調理をするセクションは別なので、アルバイトのスタッフに食材の大きさまで見て調理時間を判断する余裕は、ものすごい忙しさの新店舗ではおそらく対応できない。
ソースの作り方を挙げても、材料を入れる順序や加熱時間を間違えただけで何十人分の素材が全てロスになる。
調理に慣れていないスタッフが何も言わずに完璧に仕事をしてくれるようになるまでには時間がかかったし、ここでの工程に不備があった場合の責任のほとんど全ては僕にあるので、注意力を途切れさせるわけにはいかなかった。
得られたもの
リーダーとしての職務は、言葉にすればシンプルだ。
効率化して、生産性を極限まで高めて、品質は維持すること。
そしてそれらの工程内容や結果を上長に報告・確認していくこと。
要するに、誰が同じ作業をやっても同じクオリティになる方法を確立し、ルールを決めて生産性も管理する。
調理経験など全くない外国籍のスタッフもいたし、日本独特の「早めの出勤、忙しければ残業がある」という文化を認識してもらうことにも骨が折れた。
でもこの時の経験や、働いたことで得られた考え方は、その後も常に押さえなければいけないポイントとして僕の中でひとつの大きな指標となった。
例えば、誰もが同じ作業をまんべんなくできるようになるために均等に人員配置していくよりも、
その人の性格や得意なことを見つけて、まずはひとつの工程で最短効率を見出す方が生産性が高くなる
といった点などだ。
落ち着いているタイミングではそれぞれ得意な作業を得意でない人と二人組み合わせて割り振り、ノウハウの交換が行われている間に生まれた隙間は、自分で埋めるか、さらに他の人員を配置すればいい。
こうして「特定の人でなければできない仕事」を極限まで失くし、限られた時間で多くの作業ができるように工夫した。
まとめ
僕が学生のころ、居酒屋やイタリアンレストランでアルバイトをしていた時は、言われたことをただやればいいと思っていたような人間だった。
難しいことは嫌だし、数字の管理も面倒そうで嫌だな、と思っていたが、中に入ってみると案外自分に向いていることがわかった。
いろいろな方法を試し、データを取り、改善案の仮説を立て、実行に移していくサイクルを繰り返す。
このプロセスの重要性はほとんどどんな業界でも同じで、それは僕が今フリーランスになって働いてる今も同じことが言える。規模に依存しないのだ。
ひとつのことにただ ”愚直に” 取り組むことが、全体を俯瞰した際に必要な一部分であればいいが、そうではなく、時間を忘れて没頭してしまうというのは、生産性という観点からは危険なこともある。
仕事を頼む人がいて、請け負う人がいる。その仕組みがある以上は、常に無駄のない考えと動きで、成果に貢献したいといつも考えている。